So-net無料ブログ作成

父がIHクッキングヒーターを壊した [家族]

10月10日。

この日は、亡き母の誕生日。

歳は取らないけれど、お祝いしています。

大好きなお花とお寿司、ドクターペッパーをお供え。



私がセッセと買い出しに行っている最中、それは起きました。

最大の原因は、父が私の言うことを守らなかったから。

よりによってこの日にねー。

自己中なことをせず、母のことに思いを馳せていれば良かったものを。



さて、私は電磁波に一種の懸念を感じていて、家から出たいと思っていた。

母の声が聞こえた気がします。

「お父さんに腹が立っちゃった。あんた、ガスコンロに替えちゃいなさい」

もしかしたら、母が一枚かんでいるのかもしれません(笑)



えー。家を出るなってことじゃん。ゲー。

まぁ自分のためにお金を蓄えろってことね…と解釈した。

相見積もりした結果、本日、若めの爽やかイケメン業者に決定~♪

もちろん決め手は見た目じゃなくて、仕事の対応ぶり&価格ですよ(笑)



そう言えば、春先に洗濯機を設置しに来た業者の人も超絶イケメンだったな。

そのまま芸能活動できるんじゃないかレベル。

それでいながら、仕事ぶりはスマートで、後輩にもテキパキ指導していた。

日本はまだまだイケる!←話が脱線してますよー(笑)



最近のガスコンロは、時間が経つと消える設定が標準装備らしくて安心した。

メーカーは最初から『リンナイ』と決めていました(IHならばPanasonic)。

機種の特性を聞き出し、掃除のしやすさ&手軽さで選んだ。

久しぶりにまともに料理したい気分になってきた。いいぞ♪



壊れたお陰で望んでいたものを手に入れた。

次は冷蔵庫だな(笑)

とゆーか、ただ単に壊れそうなだけなんだけど。

三菱電機製のが安く手に入りますように!

nice!(0)  コメント(4) 
共通テーマ:日記・雑感

明日は母の祥月命日 [家族]

母が亡くなって5年。

早いんだか、遅いんだか、よく分からない感じです。

あやを☆父は、昔から自分の誕生日だけ覚えている人なので、

私が云わなければ気が付かなかったかもしれない[わーい(嬉しい顔)][あせあせ(飛び散る汗)]


明日は仕事なので、今日、お墓参りに行って来ました。

母のことで行ったのに、昨年亡くなった妹のことを語る父。

(まったく…[たらーっ(汗)]

ゲンナリしたけど、母方の伯母たちから電話があり、気持ちが腐らずに済んだ。


お花が大好きだった母。

今、仏壇にはブリザーブドフラワーを飾っている。

だけど、母の好みは生花。

明日は、久しぶりに花束を供えようかな[ぴかぴか(新しい)]


お母さん、そっちは楽しい?

私はとっても元気だよ。

あやを☆父とも何とかやってるよー。

たまに、援護してくれてるよね?(笑)


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

81歳になるの巻 [家族]

本日、あやを☆父の誕生日。

今年は何を食べようか・・・?

相変わらずの大食漢なので、どこにでも連れて行ける。

朝、"中華はどうかね"と尋ねたところ、即OK。

美味しくて、お財布に優しいお店を見つけていた。



☆海老ワンタンメン(+半ライス、杏仁豆腐)

☆小龍包

☆海老入りふわふわ卵の蟹あんかけ

ほぼ一人で平らげ、帰宅してからティラミス&ミカンを食べる。

長生き間違いなし(笑)



胃袋はすこぶる快調だけれど、寒さに弱い。

既に真冬の装いなので、この先が思いやられる。

取り敢えず、一つだけプレゼント購入してみた。

『足温器ペチカ』

熱源が体温なのだ。


ってことで、自分のも購入したので実験中。

最初は失敗したかなぁと思ったけど、今はヌクヌク~♪

軽くて持ち運べるから、意外といいかも。

問題は…あやを☆父の体温がどのくらいかによるかな。

少しでも快適に冬が越せますように。





nice!(2)  コメント(2) 
共通テーマ:健康

3年が経ちました [家族]

昨日1月18日は、母の祥月命日でした。

亡くなってから3年。

何だか遠い昔のような気がしている私です。

怒涛の日々から、穏やかな日々になったせいでしょうか。

時間的経過がゆっくりに感じるのです。

思えば、本当に怒涛の日々でした。

自分の備忘録として、経過を綴らせていただきまする。


<2009年12月> 10月からずっと右乳房に痛みアリ
11日 健康診断で乳がんの疑い
12日 乳腺専門クリニックでほぼ乳がんと確定され、病院を紹介される
15日 マンモトーム生検
19日 歯医者
21日 (母)病院に付き添い、入院決定
23日 (母)入院
24日 歯医者
28日 乳がん確定 / 年末年始:12/28~1/4(毎日、母の病院へ) 

<2010年1月>
07日 精密検査イロイロ
13日 検査結果(転移なし。疑い晴れず再検査要請される)
15日 (母)無理やり退院
16日 歯医者
18日 (母)病状悪化に伴い再入院
20日 歯医者
22日 歯医者
23日 歯医者
27日 リンパ節生検(2回目)、歯医者
30日 歯医者

<2010年2月>
03日 再検査結果、歯医者
06日 歯医者
10日 歯医者
12日 (母)病院より呼び出し。延命措置の有無の判断を迫られる
13日 歯医者、(母)延命措置をしないことで同意。今週末が山場と告げられる
15日 MRI検査
17日 全摘確定診断 / 手術日候補:3/16 or 3/18
23日 歯医者
27日 ヒーリング / 2/26で仕事を辞める
28日 出雲へ / 母が奇跡的に持ち直し、呼ばれた気がしたので

<2010年3月>
01日 飛行機欠航で延泊、主治医より自宅に電話アリ
03日 主治医より、リンパ節生検再々要請
05日 病院より入院&手術日連絡あるも断る
06日 オステオパシー、鍼灸院
08日 リンパ節生検(3回目)
11日 再々検査結果(電話)
12日 病院より入院&手術日連絡あり、渋々承諾
13日 オステオパシー
15日 入院
16日 手術
24日 退院
29日 リンパ液貯留確認

<2010年4月>
05日 リンパ液貯留確認
12日 (母)新主治医より呼び出し、母の乳がん確定
14日 (母)父の逃走で病院より呼び出し、乳がん告知
15日 病理結果報告
21日 術後治療決定、鍼灸院
27日 職安
28日 抗がん剤オリエンテーション
30日 (母)自宅での看護・介護の話し合い

<2010年5月>
07日 鍼灸院
08日 オステオパシー
11日 職安
12日 AC療法1回目
22日 鍼灸院
25日 職安
28日 (母)退院、在宅医療開始(介護は6月半ばor下旬)

<2010年6月> ほぼ寝たきり
02日 AC療法2回目
08日 鍼灸院
22日 職安
23日 AC療法3回目の予定だったが、来院も不可能なレベルにつき中止
30日 再びAC療法3回目の予定だったが、衰弱激しく中止

<2010年7月> 完全に寝たきり
07日 AC療法3回目(減量投与、休薬期間4w)
20日 職安

<2010年8月> ほぼ寝たきり
04日 AC療法4回目(減量投与、休薬期間4w)
17日 職安
25日 治療方針の話し合いにより、PAC投与はすべて中止

<2010年9月> 血圧80前後を推移
01日 ノルバデックスお試し服用開始
06日 鍼灸院
08日 ノルバデックス副作用確認
13日 鍼灸院
21日 鍼灸院
29日 検査+ノルバデックス処方

<2010年10月> 近所は外出できるようになる
04日 鍼灸院
12日 鍼灸院
18日 鍼灸院
25日 鍼灸院

<2010年11月> 県内は出掛けられるようになる
01日 鍼灸院
09日 鍼灸院
12日 CYP2D6検査(この日は諸般の事情でNG)
15日 鍼灸院
17日 CYP2D6検査
26日 鍼灸院

<2010年12月> ちょっとずつ回復、(母)容体下降気味
03日 鍼灸院
10日 鍼灸院
12日 (弟)事故に遭う
15日 (弟)お見舞いのため病院
17日 鍼灸院
24日 鍼灸院
27日 ノルバデックス処方、(母)乳がん皮膚転移
30日 (弟)お見舞いのため病院

<2011年1月>
04日 鍼灸院
14日 (母)呼吸が乱れ始める
15日 (母)ネフライザー開始、(友人の旦那)お通夜
17日 (母)訪問看護、夜に容体急変し訪問医療の病院に入院
18日 (母)早朝死亡
19日 (母)化粧納棺
20日 (母)お通夜
21日 (母)告別式
24日 術後1年目検査

<2011年2月>
03日 すっ転んで左足踝骨折(ひび)
09日 レンタルベッド導入
26日 (母)納骨・49日法要


いやぁ私よ、よく頑張った!

特に、母が亡くなる前後の対応は、ほぼ一人でしたもんなぁ…(遠い目)

そのことに関して、いまだに色んな人から褒めちぎられるのであった(笑)

逆に、父と弟夫婦の評価は地に落ちてる感じ(笑)


まぁそんなことより、私が楽しく過ごしていることで母は喜んでいるでしょう。

父との仲は相変わらず残念で、ほぼ会話ないけれども、それもOKと思ってるハズ。

だって、私の乳がんが発覚した時に、家を出ることを勧めてきたから。

理由は…父が全くアテにならない上、私に悪影響を及ぼすと考えた。


ホント、それはズバリ当たっていた。

退院後や抗がん剤投与でくたばっている時ですら、何もしてくれなかったもんねぇ。

ちょっと注意すれば逆切れで、ヘルパーさんたちが私を擁護しまくりだったし。

もちろん金銭的な援助はなく、それでも家賃光熱費食費が掛からなかったのは感謝。


それでも、父なりには努力しているみたい。

私の求める基準が高過ぎて、そこには到達できないのだと思う。

それを受け容れることは出来るが、一緒に暮らすとなると私に負荷が掛かる。

父の自己チュウばりに、私も自己チュウになる時が来たのかもしれない。

nice!(0)  コメント(10) 
共通テーマ:日記・雑感

傘寿の宴 [家族]

AYA父、本日80歳を迎えました。

ミッキーマウスと誕生日が一緒。

残念ながら・・・ミッキーマウスの愛らしさはない(笑)


父娘だけの細やかなお祝い。

昨日の朝、希望を聞いた。

"誕生日(月曜)に、外で洋食が食べたい" と。


そんな訳で、昨日はお店選びのため、引きこもり。

結構、月曜休みが多くて、困った。

候補を3つに絞り、タロットで最終判定。

アラペサ1 (318x238).jpg
アラペサ2 (238x318).jpg
アラペサ3 (236x316).jpg
アラペサ4 (240x320).jpg
アラペサ5 (320x240).jpg食べ散らかし^^;


予約時(ネット)、目的と希望の項目があった。

だから、誕生日と父が大食漢であること(笑)を入力。

そうしたら、パスタとメインを2種類ずつ提供してもらえた[ぴかぴか(新しい)]


何というか、タロットって当たるねぇ(←そこ?(笑))

父も満足したみたいでヨカッタ[るんるん]

ただ、もうちょっと食べられたらしいけど[わーい(嬉しい顔)][あせあせ(飛び散る汗)]


父の食べっぷりにシェフが驚き、長生きしますよーって(そうでしょうとも!)

母が亡くなった後、「AYAのために、あと10年は生きるよ」と宣言した父。

目標を持ったせいか、父の認知度合いが良くなっている気がしている。


歳を追うごとに父娘の関係は良くなってきています。

母はきっと喜んでいることでしょう。

そう云えば、今日は母の月命日です(ビールをお供えしてこようっと)

nice!(2)  コメント(8) 
共通テーマ:日記・雑感

久しぶりに泣いた [家族]

お友だちのNちゃんのお母様が亡くなられた。

亡き母と同じ72歳。

アッという間に亡くなってしまった展開も似ている。


一昨日の通夜、昨日の告別式で、受付を担当。

親族、従業員がいっぱい参列。

人柄が忍ばれる感じでした。


告別式の途中から、会場に入り読経を聴く。

お別れの献花。

泣き崩れるNちゃん(他多数)


"お母さん、このまま死んじゃうのかな?"

苦しい呼吸の最中、背中や腰をさすっている時に言われた亡き母の言葉。

同じだったのかもしれないと思ったら、泣けてきた。


18日が母の月命日。

父がお墓参りに行きたいということで、日曜日に行く予定。

帰りは、母の好きなお寿司でも食べようと思う。

nice!(1)  コメント(2) 
共通テーマ:日記・雑感

2013-06-16 父の日 [家族]

昨年の父の日はすっかり忘れていたけれど(笑)、今年は覚えていましたよー。

誕生日を迎えると80歳の父の胃袋は、相変わらず元気。

なので、お気に入りのランチブッフェへご招待[レストラン]

えっ、やっぱりそんなに食べるの[exclamation&question]

途中で取り過ぎに気付き、反省していた(笑)

それでも完食(素晴らすぃ~[ぴかぴか(新しい)]


その後、下着を補充したかった私の付き合いでユニクロへ。

欲しい物があったらどうぞ^^

必要なモノを籠に入れ、父の元へ向かうと手に何か持っている。

結局、シャツ2枚、ズボン2枚。

スマンね…ユニクロで[わーい(嬉しい顔)][あせあせ(飛び散る汗)]

父が満足ならばいっか~[るんるん]


正直、普通に父と2人で出掛け、穏やかに過ごせる日が来るとは思わなかった。

私の父は、言葉の選択に問題があり、必要以上に悪い印象を与えるタイプ。

それは分かっていたけれど、話すと不愉快になるだけで、いつしか話さなくなった。

時は流れて2009年暮れ。

母は入院、私は乳がん告知という事態になった。

こうなると話さない訳にはいかず、必要なことは話すようになっていった。


だけど、悉く癇に障った。

乳がん告知、ケモで脱毛、ケモで衰弱した時に掛けられた言葉が、「かわいそう」。

私はかわいそうじゃない[むかっ(怒り)]

ケモ中は心の余裕が全くなく、今までは柳に風と受け流していたことが出来ない[バッド(下向き矢印)]

結果として、話せばバトル状態に陥った。

他人様の前でもそれはあり、第三者はいつも私の味方をした。


「みんながAYAの味方をする」

そりゃ、お父さんの発言はおかしいもん

父は、家族の言葉には耳を傾けないが、他人様の言葉には耳を傾ける。

徐々に私に対する態度がマシになってきた。

そんな矢先、母が急逝。

父と2人で暮らすのはキビシイ…


そう思っても、身体はケモの打撃でヨレヨレで、すぐに働ける状態になかった。

そして、足の骨を折った。

さらに、3.11が訪れた。

ジタバタするのをやめることにした。

なるようにしかならない。

気が付いたら、父が私の言葉を受け容れるようになっていた。


色々な気付きとキッカケがあったのだろう。

一度だけ、心境の変化について尋ねてみたところ。。。

「老いては子に従え」

と、ご近所の年長者に諭されたそうだ。

ありがとう! Hのおじちゃん

人はいくつになっても成長できるんですね(←エラソー(笑))


今日、父は何度となく私に「ありがとう」を言ってくれた。

そういう言葉を発するようになったのは、母が亡くなってしばらくしてから。

70代後半にしてこの進歩はスゴイ!

それにしても…" ありがとう " は素敵な言葉ですね。

発しても受け取っても気持ちが温かくなります。

お父さん、ありがとう。

nice!(2)  コメント(4) 
共通テーマ:日記・雑感

三回忌 [家族]

昨日、母の三回忌を執り行いました。

亡くなってから(2011.1.18)、2年が過ぎたわけですが・・・

何だか遠い昔のような気がしています。

つまりは、すっかり立ち直っちゃっている私。

"貴女の明るさが私の希望"

生前、そう云ってくれた母なので、喜んでいることでしょう。

すべては上手くいっている感じですね。
nice!(0)  コメント(4) 
共通テーマ:日記・雑感

お互いさま [家族]

本日、父の日。

3時間10分前ぐらいに気付きましたよー( ゚ ▽ ゚ ;)

えへっ(笑)

まぁ、いっか~!



ちなみに、私の誕生日のこと。

父はすっかり忘れてたのよねー(笑)

数日後、友だち宛のバースデーカードを勝手に見て気付いたらしく、

「ごめんなさい」と言われた。



お互いさま~ではあるものの、

父の好きなシュークリームでも買ってくるかな[プレゼント]

ついでに私の分と母の分も。

ちょうど18日は月命日。


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

今日は母の祥月命日 [家族]

2011.1.18早朝。

母は旅立って行きました。

それから、アッという間に時は流れ、

一年が経ちました。



私も

父も

何だかんだと元気です。

きっと安心して見守っていることでしょう。



一周忌は今週末。

だから、今日は友だちとランチへ行っちゃいます。

だけど…

母の大好きなお花とお寿司は買ってこようっと[黒ハート]

nice!(1)  コメント(4) 
共通テーマ:日記・雑感

月命日 [家族]

母が亡くなって4ヶ月が経ちました。

時間だけが過ぎ去っているような感覚があるけれど、

それでも、

思い出しては泣いちゃう回数は確実に減っています。

うっかりすると、月命日を忘れちゃいそうです(をい)

父なんて、覚えているのかどうか・・・・・[わーい(嬉しい顔)][あせあせ(飛び散る汗)]



それを母が淋しく思ったかどうかは知らないけれども、

父と話しているヘルパーさんの声が聞こえてきました。

「・・・・・かよ子さんに ――――」

前後は何を云っているのか聞き取れないながら、

母の名前だけは分かりました。

おそらく、父への自己主張でしょう[わーい(嬉しい顔)][たらーっ(汗)]



私は一応、覚えていましたよ~。

今日はお墓へは行かないので、家用のお花だけ。

あんまりいいのがないけど、これで我慢してちょ(をい)

あっ私の好きなサンダーソニアが!

「1本幾らですかー? えっ350円!? 高い~」

でも購入(笑)



花やハーブを育てるのが上手な園芸博士だった母。

近所のお家の花の世話までしていたっけ。

残念(?)ながら、

その血を受け継ぐことはなかったものの(笑)、

色々な名前は身近にいたので覚えてしまった。

今では私の宝物[ぴかぴか(新しい)]


CAT6Y1VV.jpg

nice!(7)  コメント(14) 
共通テーマ:日記・雑感

七七日忌 [家族]

今日3月7日は、私の母の七七日忌。



亡くなった1月18日、

お通夜の1月20日、

葬儀の1月21日、

納骨&49日法要の2月26日、

どの日も天気が良く穏やかだった。



だけど、今日の千葉は午前中から雪が降り始めた。

音が吸収され、静かな一日だった。

母の心模様を反映しているのだろうか・・・?

久々に、涙が溢れて仕方がない。

nice!(0)  コメント(6) 
共通テーマ:健康

母との交信!? [家族]

母が亡くなってから、今日でちょうど二週間です。

前回の記事でコメントくださった皆さん、暖かい心遣いに助けられました。

本当にありがとうございます!!!



乳がんを罹患する前の私だったら、グッと悲しみを堪えて、感情の表出は陰で…

だったでしょうが、そういうことをしてしまうと、自分自身の心身を痛めつけてしまう

ということが分かっていたので、人前だろうが我慢せずに泣いていました。



当初、寂しいという感情に押しつぶされそうでした。

頼りになる母がいなくなり、全く頼りにならない父と私の2人だけという状況が、

その想いを一層増幅させてしまった感じでした。



今は、だいぶ落ち着いています。

それでも、母と私の楽しそうな写真を見たり、母の好きだった西村由紀江さんのCDを

聴いていたりetc.フとしたことで涙が溢れてくる状態です。



随分と早く立ち直れているのは(たぶん、大丈夫でしょう)、私の気質もさることながら、

母が見守ってくれているということが分かったから、という点が大きいですね。

それに気付いた体験を浮上記念(?)記事にしようと思います。



ライン黒枝.gif



母が亡くなった当日、やらなきゃいけないことが山ほどあって、しかもそれは

全てが初めての事柄で、母の友人や私の知人に相談しつつ進めていたけれど、

常に、"これでいいのだろうか?"という不安でいっぱいでした。



気持ちはツライ、身体はキツイ状態の中、それでも寝ないと倒れちゃう!という気持ち

が勝ったのか、眠りに付けました。

朝を迎え覚醒し始めた時、私の第三の目に薄紫色の靄が広がり、それが徐々に凝縮

されていき、1羽の鳩らしき物体へと変化した。



思わず、"お母さん!?"と心の中で呼んでみると、

"そう"と第三の目に文字が浮かんだ。

あれこれ尋ねると、同じように文字が浮かび、会話(念話?)が成立していた。

今は、穏やかであること、色々なことが瞬時に分かる、ということだった。



そして・・・この日はずーっと母とやり取りが出来て、とても心強かった。

こじんまりとした家族葬にすることにしたけれど、随分前に語っていた母の希望は散骨。

そこまで気が回らなかったことを気にしていたところ、母からのメッセージは

"あなたのしたいように。お金はかけなくてよい"



絶えず、母からは"無理しないように"というメッセージが送られ続けていた。

心の中で、"病院(検査)に行きたくないな。キャンセル(日時変更)しようかな?"

と思っていると、"行きなさい。お母さんも一緒に行くから"



この日の手帳を見返すと、いっぱい励ましてくれていたことが分かる。

母からの数秘術メッセージは9。

「"ポジティブであるかぎり、どんな終わりにも、必ず新しい始まりがある"、忘れないで

と書かれていた。



"自分を信じて大丈夫だよ"

"応援しているよ、いつも"

母からのメッセージを胸に、前に向かって歩き出そうと思う。

[黒ハート]お母さん、ありがとう[黒ハート]

nice!(3)  コメント(8) 
共通テーマ:健康

ちょっと沈みます [家族]

1/17夜、母の容体が急変し、急きょ入院手続きを取り、


病院にて様子を診ることにしていただいたのですが、


誰もが予想できない早さで、1/18朝、息を引き取りました。




ある程度の覚悟はしていたものの、こんな突然に、この世を


卒業してしまうとは思っていなかったので、衝撃を受けてます。


でも、色々なことが待ったなしなんですよね。




分からないことだらけで困惑してしまいましたが、母の友人etc.に


お知恵を拝借させてもらいながら、何とか段取りを付けています。


今回も色々な人に助けてもらっています。有難いことです。




結局、母の病院滞在期間は約8時間だったので、ほぼ本人の希望通り、


家で看取ったと云えるのではないかなぁと感じています。


ただ、アッという間に去ってしまったので、心が付いてこないですね。




苦しい最中でも、私の身体のことを気遣ってくれた母でした。


私がビービー泣いている姿を見て、励ましてくれている気はするのですが、


いかんせん涙が止まりません。




いつもは自分ばっかりの父でさえ、私を元気づけようとしてくれます。


きっと母が何か指令を送ってくれているのでしょう。


そんな父もやっぱり落ち着かず、ドラえもんで気を紛らわしているそうです。




来週、術後1年目の検査の予約が入っています。


昨年もかなりキツイ状態での術前検査でしたが、今年はそれ以上ですね。


延期したい気持ちが強くなっていて、自分の弱さを感じます。




誰もが私の身体を気遣ってくれています。


それなのに、こんな夜中にblog記事を作成している私はいけないですね。


もうちょっと意識的に休息を取るようにしようと思います。




慌ただしい状況がこれからも続いて、どうなるかサッパリ分からないので、


取り敢えず、沈みます宣言しておきます。


が!意外とすぐに浮上してきたら、笑ってやり過ごしてくださいませ。

nice!(1)  コメント(8) 
共通テーマ:健康

自宅で看取るということ [家族]

これって色々な面で難しいな…と考えさせられてます(現在進行形)



一昨日夜、母の呼吸が急に乱れ、母自身が大パニックを起こし、

父は木偶の坊と化した上に、母に対する不満を云い始めた。

つまり、もう何て云うか、メチャクチャだったのだ。



幸いにして、何とかなったけれども、

母の病状は楽観視は出来ず、いつまたこうなるかは分からない。

両親の希望で、自宅にて訪問看護&訪問医療のお世話になっているが、

一昨日と昨日の両親の状態を見ている限り、

本人たちも当初の意思のままかどうかが微妙な気がしている。



その辺りのことは、訪問看護師も気になるようで、

今回の件で私が緊急連絡したことによって、

身動き取れない状態の弟に変わって、私が責任者(?)になったらしく、

更に悪化した場合にどうするかの再確認を求められた。



娘(私)と息子(弟)の反対を押し切って、無理やり退院してきた両親。

準備が整っていないのに、何とかなるの一点張りを引っ提げて戻ってきたけれど、

2日目にしてそれは崩壊し、同居している私はエライ目に遭った。

抗がん剤の副作用が酷かったのは、私を動けなくさせる意図があったのでは・・・。



話を元に戻して。。。

母は、父に色々な介助をしてもらうことに対して、心身的に限界っぽい。

父は、すべてを他人のせいにし、その対象者は母にも及ぶ。

この状況でも両親は自宅での看取りを希望しているのだろうか。



母は、ちゃんと介護をしてもらいたい。

父は、楽に介護をしたい(=あまり介護したくない)

時々漏れる両親の本音(?)は、老老介護状態から抜け出したい!なので、

この先、病状が悪化するのは必至な今、

確認を取らないといけないけれど、気が重い・・・。

nice!(2)  コメント(5) 
共通テーマ:健康